種山会計士

日刊工業新聞に「連載 事業承継指南(3)「事業承継税制」を活用する時の注意点は?」を執筆しました(2019/2/8)。今回は補足も兼ねて、事業承継税制の幹の部分を解説していきます。
・そもそも事業承継税制とは?
・事業承継税制適用の要件とは?
・要件を満たせなくなった場合の利子税とは?

※この記事は、2019年2月12日に初公開した記事に最新情報を加味して更新したものです。

制度の概要

  • 事業承継税制は、経営承継円滑化法(事業承継税制、民法の遺留分の特例、金融支援、所在不明株主の特例)の一部。
  • 事業承継税制創設の趣旨は、富裕層の納税対策ではなく、従業員の雇用確保が主目的。これを押さえておくと各要件の意味が理解しやすい。
  • 認定を申請する行政機関の窓口は、本社所在地の都道府県庁

事業承継税制とは

事業承継税制ですが、経営承継円滑化法を構成する4つの制度の一つです。
1.事業承継税制
非上場株式等に係る贈与税・相続税の納税猶予制度 ←今回の解説はこちらです
個人の事業用資産に係る贈与税・相続税の納税猶予制度
2.民法の遺留分の特例
3.金融支援
4.所在不明株主に関する会社法の特例(2021年8月施行)

出典:中小企業庁「経営承継円滑化法申請マニュアル令和4年4月改訂版

相続税、贈与税について

事業承継税制の解説に入る前に、「相続」「贈与」について簡単に解説します。

種山公認会計士事務所作成(無断転載・転用不可)

「相続」と「贈与」の違い

どちらも「無償(ただ)」で株式が移転することは同じです。違いは、死亡後か生前か、です。

現金の相続(贈与)の場合、現金で相続税(贈与税)を支払えば足ります。

自社株式は換金性がなく、他者に売却することができません。なぜならば、会社の議決権が他社に流出してしまうからです。株価が高ければ高いほど、後継者は納税資金に困ります。
相続税(贈与税)の支払いを猶予することによって、事業承継が円滑に行われます。これは、地域の雇用を守るためにも必要なことです。そのため、2009年度税制改正で事業承継税制が創設されました。

事業承継税制概要

事業承継税制は、
後継者である受贈者・相続人等が、
円滑化法の認定を受けている非上場会社の株式等を贈与又は相続により取得した場合において、
その非上場株式等に係る贈与税・相続税について、
一定の要件のもと、その納税を猶予し、後継者の死亡等により、
納税が猶予されている贈与税・相続税の納付が免除される制度です。

出典:中小企業庁「経営承継円滑化法申請マニュアル令和4年4月改訂版

納税の猶予を受けるための要件について

相続税も贈与税も経営者から後継者に無償(ただ)で自社株式が移転する点は同じです。
そのため、両者の要件もほぼ同じですので、一緒にみていきます。
(1)会社、(2)先代経営者、(3)後継者、それぞれ要件を満たす必要があります。

会社の主な要件

注:「資本金」又は「従業員」ですので、どちらか一方に該当していればOKです。

一般的に、資産管理会社「従業員の雇用の確保」を満たしません。したがって、資産管理会社に該当した場合は即猶予取り消しになります。
ただ形式的に資産管理会社に該当してしまうこともあります。そこで、従業員が5名以上いるなど、事業実態があれば要件を満たす特例があります。

【参考】ブログ「事業承継税制と資産管理会社

先代経営者の主な要件

会社の代表者であったこと

経営者の相続の際に、配偶者が自社株式の大半を相続しているケースも多いです。
この場合、「配偶者⇒後継者」に事業承継税制を適用しようと思っても、配偶者が「会社の代表者であったこと」の要件を満たせなければ適用できません。これは一次相続の際に配偶者の税額軽減を重視して遺産分割してしまったことが原因です。

相続前(あるいは贈与前)に「現経営者とその親族で総議決権の過半数を保有しており、かつ、筆頭株主であったこと」

社歴が古く、3代目以降で株式が分散している場合、この要件を満たしていないケースをよくみかけます。株主名簿確認が必要です。

贈与時に代表者を退任していること

贈与税のみの要件です。事業承継税制創設当初(2009年)は、役員を退任することが要件でしたが、2013年度税制改正で役員として残ることが可能になりました。

後継者の主な要件

相続後(あるいは贈与後)に「後継者とその親族で総議決権の過半数を保有し、かつ、これらの者の中で筆頭株主であること」

相続開始の直前において役員であり、相続開始から5か月後に代表者であること

相続税のみの要件です。相続直前に役員である必要があります。
相続直後のバタバタとしている中で5か月以内に代表者になる点は、その他の期限(相続放棄(3か月)、準確定申告(4か月)、認定申請(8か月)、申告期限(10か月))と合わせてスケジューリングする必要があります。

以下の要件を満たす場合は、相続直前に役員でなくても適用できます。
(2021年度税制改正。2021年4月1日以後に相続が開始した場合)
1)経営者が70歳未満で死亡した場合
2)後継者が特例承継計画に特例後継者として記載されている場

「贈与時に18歳以上、贈与の直前において3年以上役員であり、かつ、代表者であること」

贈与税のみの要件です。贈与時点で、後継者が役員に就任して3年経過している必要があります。特に特例措置の場合、時限措置のため、より計画的に行う必要があります。
※2022年3月31日以前贈与は「20歳以上」(2019年度税制改正により年齢要件引き下げ)。

納税猶予の適用を受けるための手続について

下図は、特例措置の適用を受ける場合の手続の流れです。

贈与の場合の手続

相続の場合の手続

※2024年度税制改正により、特例承継計画の提出期限は2年間延長され、2026年3月31日までとなります。

「特例承継計画」は、提出時会社、代表者、後継者の要件を満たしている必要はありません
ただし、実際の認定時には要件を満たしている必要があります。

贈与税の申告期限日毎年3月15日で固定されています。しかし、相続税は被相続人(ここでは経営者)が亡くなった日の翌日から10か月となっているため、個別の管理が煩雑です。

・6年目以降「3年に1度の提出」は管理しにくく、仮に提出を忘れた場合、一発で納税猶予の取り消しとなります。これが何十年も続くのですから、専門家(顧問税理士)の責任も大きくなります。

納税猶予を継続するための主な要件について

申告期限後5年間と5年経過後で要件が異なります。
・「資産管理会社に該当しない」は、猶予期間を通じて常に満たす必要があります。
なお、一定のやむをえない事情により「資産管理会社」に該当してしまった場合、該当した日から6カ月以内に該当要件から外れれば、猶予が取り消しされないこととなりました(2019年度税制改正)。
申告期限後5年間以内であれば、対象株式を他社に譲渡してしまうと猶予された税額は全額納付となりますが、5年経過後であれば、譲渡した割合分のみ納付となります。
・「雇用の8割を5年間平均で維持すること」ですが、2018年度税制改正で新設された特例措置では、仮に8割を下回っても認定経営革新等支援機関の所見があれば、要件を維持することが可能になりました(一般措置では不可です)。

要件が満たせなくなった場合の罰則は

要件が満たせなくなった場合、猶予税額と利子税を2か月以内に納付する必要があります。
例)1億円の相続税が猶予されており、申告期限後20年目に要件を満たせなくなった場合(利率1%)
利子税:1億円×1%×(20-5)年=1,500万円
納税額:猶予税額1億円+利子税1,500万円=11,500万円

免除を受けるための要件について

一定の要件を満たす場合に、猶予された相続税(あるいは贈与税)が免除されます。

【相続税】
後継者が死亡した際に、先代経営者から相続した自社株式に係る相続税が免除されます。
後継者から自社株式が次の後継者(先代経営者からみて孫など)に相続された場合、一定の要件を満たしていれば猶予を続けることができます(切替)。

【贈与税】
先代経営者(贈与者)が死亡した場合、贈与税が免除され、その代わりに相続税が課されます。一定の要件を満たしていれば、その相続税を猶予することができます(切替)。

あくまでも「猶予→免除→猶予→・・・」の繰り返しです。最終的に税金が免除されるわけではありません。
ただ例えば、1代目→2代目→3代目、と猶予が続いていくと、仮に3代目で要件が満たせなくなった場合でも、2代目で相続税の納税をしていないため、1代飛ばした効果があります。

まとめ

以上、大枠の部分についてのみ見てきましたが、これだけでもかなり複雑な制度です。個別の詳細な点については専門家に任せてしまっても良いですが、適用後は数十年猶予が続きます。
したがって、大枠を把握して文書で残しておく必要があります。