最終更新日:2022年10月3日
経営者が、遺言で後継者に自社株式 を相続させようとしても、民法の遺留分の規定があるために、うまくいかないことがあります。このため、中小企業の事業承継を円滑に進めることを目的として、2009年3月に「遺留分に関する民法の特例」が創設されました。
今回は、遺留分に関する民法の特例について解説します。
【この記事を読んで得られること】
- 遺留分とは?
- 自社株式を遺留分から除外できる?
- 実際に活用された件数は?
遺留分 とは?
遺留分とは、被相続人(現経営者)の財産を相続するにあたって、一定の法定相続人(妻や子など)に法律上、最低限保障されている遺産の割合のことです。ただし、現経営者の兄弟姉妹(及びその子)が相続人になる場合は遺留分はありません。
遺留分が侵害された場合
他の相続人が過大な財産を取得したため、自己の取得分が遺留分よりも少なくなってしまった(つまり遺留分が侵害された)場合、遺留分侵害額に相当する金額の支払いを請求することができます(遺留分侵害額請求権)。例えば、後継者に自社株式を相続させた結果、経営に関与しない後継者の兄弟から不満がでる可能性があります。
請求できる期間は?
請求できる期間は、相続の開始及び遺留分を侵害する贈与または遺贈があったことを知ったときから1年以内です。なお、相続開始から10年を経過すると行使できなくなります。
遺留分の算定方式
各相続人の遺留分の額は、遺留分を算定するための財産の価額(相続財産額に一定の生前贈与財産額※を加え、負債額を差し引いた金額)に遺留分の割合(原則2分の1。父や母だけが相続人の場合は3分の1) を掛け、さらに法定相続分を掛けて算出します。
※原則として、相続人以外の者への贈与は、相続開始前の1年間に行ったものがすべて対象。相続人に対する贈与は、相続開始前10年間に行ったものが対象。それぞれ、遺留分の権利者に損害を加えることを知って行った場合は、期間に関係なく対象となります。
自社株式や事業用資産が後継者に集約できない
経営の安定化を考慮すると、後継者に自社株式・事業用資産を集約したいところです。しかし、推定相続人が複数いて、遺留分を侵害された相続人から遺留分侵害額に相当する金額の支払いを求められた場合、後継者は自社株式や事業用資産を処分せざるを得なくなり、それらが分散してしまうなど、事業承継に大きなマイナスとなります。

このため、2009年3月1日に「遺留分に関する民法の特例」が施行されました。
「遺留分に関する民法の特例」は経営承継円滑化法の一部
法人版、個人事業主版の2つがあります。なお、個人事業主版は除外合意のみです。今回のブログでは法人版を中心に解説します。
会社又は個人事業の経営を承継する際、この民法特例を活用すると、後継者を含めた先代経営者の推定相続人全員の合意の上で、先代経営者から後継者に贈与等された自社株式・事業用資産の価額について、除外合意または固定合意することができます。

出典:中小企業庁「経営承継円滑化法申請マニュアル令和4年4月改訂版」
遺留分の民法特例には2種類ある
遺留分の民法特例には、以下の2種類があります。両方を組み合わせることも可能です。
- 除外合意:遺留分を算定するための財産の価額から自社株式等を除外
- 固定合意:遺留分を算定するための財産の価額に算入する価額を合意時の時価に固定
除外合意とは?
後継者が先代経営者から贈与等によって取得した自社株式・事業用資産の価額について、遺留分から除外することができます。この結果、他の相続人は遺留分の主張ができなくなり、相続紛争のリスクを抑えつつ、後継者に株式を集約させることが可能となります。

固定合意とは?
後継者の経営努力による自社株式の価額上昇分について、遺留分から除外します。この結果、相続時に、他の相続人は増加分の遺留分の主張ができなくなります。なお、固定合意は、会社の自社株式のみ利用可能です。合意時の自社株式の評価は、税理士、 公認会計士、弁護士等による証明が必要です。

遺留分の民法特例が適用できる要件は?
会社、個人事業主それぞれの要件は以下のとおりです。


民法特例の手続の注意点は?
後継者は、遺留分権利者全員との合意を得て、所要の手続をすることが必要です。
以下は、具体的なスケジュールです。合意を得てから1か月以内に経済産業大臣の確認を受けます。さらに1か月以内に家庭裁判所の許可を得る必要があります。個人の場合は、経営革新等支援機関の確認を受ける必要があるため、さらに日程がタイトです。

推定相続人全員の合意(後継者を含む)
民法特例を利用するためには、先代経営者の推定相続人全員(但し、遺留分を有する者に限る)及び後継者で合意をし、合意書を作成することが必要です。合意書の主な記載事項は以下のとおりです。
- 合意が後継者の経営の承継の円滑化を図ることを目的とすること
- 後継者が先代経営者から贈与等により取得した自社株式・事業用資産の価額について、遺留分の計算から除外する旨(除外合意)、又は、遺留分の計算に算入すべき価額を固定する旨(固定合意、会社の経営の承継の場合のみ可)
- 後継者が代表者でなくなった場合などに、後継者以外の者がとれる措置
- 必要に応じ、推定相続人間の衡平を図るための措置
経済産業大臣の確認
中小企業庁財務課が窓口となり、主に以下の要件について確認を受けます。
- 当該合意が経営の承継の円滑化を図るためになされたこと
- 申請者が後継者の要件に該当すること
- 合意対象の株式を除くと、後継者が議決権の過半数を確保することができないこと(会社のみ)
- 後継者が経営者でなくなった場合などに後継者以外の者が取れる措置の定めがあること
家庭裁判所の許可
現経営者の住所地の家庭裁判所による許可の要件は以下のとおりです。
- 合意が当事者全員の真意によるものであること
遺留分の事前放棄ではダメなのか?
後継者以外の相続人が遺留分を放棄することによって、相続紛争や自社株式・事業用資産の分散を予め防止することができます。
ただ、現経営者の生前に、後継者以外の相続人が遺留分を放棄するには、以下のようなこともあり、自社株式・事業用資産の分散防止対策としては、利用しにくいものとなっています。
- 各相続人が自分で家庭裁判所に申立てをして許可を受ける必要がある。
- 家庭裁判所による許可・不許可の判断がバラバラになる可能性がある。
事業承継税制との併用は可能か?
現経営者が後継者に非上場株式・事業用資産等を贈与し、民法特例の適用を受けると同時に、事業承継税制(贈与税)を利用することは可能です。ただ、事業承継税制適用の申請(都道府県庁)、民法特例の確認(中小企業庁財務課)、許可(家庭裁判所)は、それぞれ別の手続である点は注意が必要です。
【参考】ブログ「これだけは知っておきたい「事業承継税制」」
遺留分の民法特例はどのくらい活用されている?
2021年3月末時点で321件※です。2009年3月からの累計ですので、件数としてはかなり少ないです。除外合意がほとんどで固定合意はあまりないようです。主な理由として、以下の2つが考えられます。
- 推定相続人全員の合意が必要なため、寝た子を起こしてしまう可能性があること。
- 固定合意は、自社株価額を固定化する必要があり、算定する専門家の負担が大きい。
※経済産業省中小企業庁「2022年度税制改正要望事項」より抜粋
まとめ
さて、いかがでしたか。今回は、遺留分に関する民法特例を解説しました。経営者の生前対策として、事業承継税制(贈与税)の活用を検討する際には、セットで検討すべきものです。ただ事業承継税制の件数と民法特例の件数を比較するとかなりの差があります。それは、①民法特例が使いにくい、②税金だけ考えてセットで検討できていない、③①②の両方、が理由として考えられます。経営者の事業承継対策を検討する際は一度は考えておきたいところです。
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