
後継者育成の方法は複数あります。何を選ぶかより先に、何のために選ぶかを整理しておく必要があります。このコラムでは9つの方法を比較し、自社の状況に応じた選択の基準を示します。
後継者育成で最初に確認すること
どの方法を選ぶかを検討する前に、育成の目的を明確にしておく必要があります。後継者に求められる役割は、大別すると次の2点です。
- 経営の意思決定(投資・採用・撤退など、結果に責任を持つ判断を自ら下せる状態)
- 対内外への説明責任(なぜその結論か、を社員・金融機関・取引先に対して説明できる状態)
育成方法の選択は、この2点を後継者がいつまでに担えるようにするか、という逆算の発想で考えると、優先順位が決まりやすくなります。
「まだ早い」と考えている間にも、後継者が経験を積める時間は減っていきます。何を選ぶかより、いつ始めるかの方が重要になることがあります。
9つの方法と選択の考え方
他社での修行①
向いているケース: 後継者に時間的余裕がある早い段階。後継者が社外の経営者と接する機会がほとんどない場合。
目的: 自社の外で、異なる経営環境・組織文化・意思決定のやり方を体験する。
得られるもの:
- 自社のやり方を外から見直す視点
- 異業種の収益モデルへの理解
- 「なぜこうなっているのか」をゼロから考える習慣
留意点: 受け入れ先の確保(打診・条件合意)に相応の時間がかかります。既存の取引先や知人経営者に紹介を依頼できる状況にない場合、候補先の選定から始める必要があります。また、受け入れ先の規模によって、後継者が直面する意思決定の内容が変わります。大きな組織では稟議・承認のプロセスが中心になりやすく、中小企業では即断・即実行の場面が多くなります。したがって、自社と規模が近い会社での経験の方が、戻ってきたときにそのまま活かしやすくなります。
公的機関の後継者育成プログラムへの参加②
向いているケース: 後継者が同世代の経営者候補と接点を持てていない段階。外部の視点から自社を見直す機会を設けたい場合。
目的: 中小機構等が提供する後継者向けのプログラムに参加し、経営計画の策定や外部視点からの自社分析を経験する。
得られるもの:
- 同期の後継者とのネットワーク(他の方法では得にくい)
- 外部メンターからのフィードバック
- 同じ時期に参加した後継者たちと期間を共にしながら学ぶ環境のため、受講中の横のつながりが生まれやすい
留意点: カリキュラムは参加者全員に共通の枠組みで設計されています。したがって、自社固有の課題(特定の取引先との関係、後継者と既存幹部の関係調整等)への対応は、プログラムの枠外で別途行う必要があります。プログラム終了後の「次に何をするか」を事前に考えておくと、参加の効果が続きやすくなります。
費用: 公的支援のため、低廉または無料の場合が多い。ただし年度ごとに開催要領・対象が変わるため、参加時点で最新情報を確認することを推奨します。
MBA・中小企業診断士の取得③
向いているケース: 後継者に経営の体系的な知識が不足していると感じる段階。後継者が経営の体系的な知識を学ぶ機会が、社内では確保しにくい場合。
目的:財務・マーケティング・組織論・戦略論など、経営の知識を体系として習得する。
得られるもの:
- 経営全体を俯瞰する視点
- 数字に基づいて説明する能力
- 同期の経営者候補とのネットワーク
留意点:取得そのものを目的にしてしまうと、費用と時間をかけた割に会社が何も変わらない結果になりやすくなります。また、学んだ知識を現場に当てはめようとするあまり、社内の混乱につながる場合もあります。「この資格で何を変えるか」を先に決めておくことが重要です。
社内での部門間移動④
向いているケース: 複数の部門が機能している会社。後継者が現場の実態を把握できていない段階。
目的: 製造・営業・管理など複数の部門を経験させることで、会社全体の構造を理解させる。
得られるもの:
- 各部門の仕事の流れとコスト構造への理解
- 部門間の利害を調整する経験
- 現場の社員との信頼関係の形成
留意点: 移動のサイクルが短すぎると、各部門の実態を理解する前に次へ移ることになります。どの部門で何を達成すれば次へ進むか、基準を事前に決めておく必要があります。また、後継者だからという理由で特別扱いが続くと、現場の社員との信頼関係が築きにくくなります。
子会社・関連会社の経営⑤
向いているケース:グループ会社・関連会社がある場合。後継者に「経営者として自ら判断した経験」が乏しい段階。
目的:本体より小さな会社を任せることで、採用・資金・事業の判断を後継者自身に経験させる。
得られるもの:
- 責任を伴った経営の経験
- 結果に対して説明する体験
- 組織を動かすことの実際
留意点: 子会社の規模・事業内容によっては、本体の承継に必要な経験と内容がかけ離れることがあります。また、現経営者が関与しすぎると、後継者が自ら判断する機会が減ります。したがって、子会社での判断が本体の経営に直接影響しない範囲で、後継者にどこまで任せるかを事前に決めておく必要があります。
事業計画の策定⑥
向いているケース: 後継者育成のどの段階でも有効。特に「経営数字を意思決定に使う習慣」が定着していない段階。
目的: 数字に基づく目標設定・施策立案・進捗管理のプロセスを、後継者自身が主導して経験する。
得られるもの:
- 数字で考える習慣
- 仮説を立て、検証する繰り返し
- 計画と実績の差異を説明する訓練。
留意点: 策定した計画が「提出して終わり」にならないよう、見直し・修正のサイクルを設けることが重要です。現経営者が修正しすぎると、後継者の当事者意識が低下しやすくなります。また、財務・会計の基礎知識がない状態では、計画の精度に限界が生じます。
なお、ここでいう「事業計画」は会社の経営戦略・収益計画を指します。株式移転・税務処理を含む「事業承継計画」とは目的・内容が異なります。
計画の精度を上げる・進捗管理の会議体を設計するといった外部専門家との役割分担については、当事務所の後継者・幹部伴走支援をご参照ください。
経営会議への参加⑦
向いているケース: 後継者育成の中期以降。現経営者の判断基準を後継者に引き継ぐ必要がある段階。
目的: 経営判断の現場に後継者を関与させることで、意思決定の流れと根拠を体験させる。
得られるもの:
- 財務・人事・取引先など経営情報への接触機会
- 議論の構造と合意形成の方法
- 現経営者がどのような基準で判断しているかの把握
留意点: 出席するだけでは経験として蓄積しにくい傾向があります。発言・提案・議事録作成など具体的な役割を与え、参加に意味を持たせる設計が必要です。なお、会議体そのものが形骸化している場合、会議の再設計と並行して行う方が効果を得やすくなります。
会議体の設計・KPIの設定・役割分担の明確化については、当事務所の後継者・幹部伴走支援もご参照ください。
事業価値を高めるレポートを社長と後継者で作る⑧
向いているケース: 社長と後継者の間で「会社の現状認識」にずれがあると感じる段階。承継の時期が具体的に見えてきた中期〜後期。
目的: 自社の事業価値を数字と構造で可視化し、現経営者と後継者が同じ情報を共有したうえで、価値向上に向けた課題と優先順位を合意する。
得られるもの:
- 現経営者が「当たり前」と思っていた判断基準の言語化
- 後継者が「なぜ今の会社がこうなっているか」を理解する機会
- 財務・収益・組織の現状を共通の土台として確認する場
- 承継後に向けた課題の優先順位についての、親子間・幹部間の合意形成
留意点: 社長と後継者がそれぞれ「自分の認識」で動いている限り、引き継ぎの後に「聞いていなかった」「そういう意味ではなかった」という食い違いが生じやすくなります。レポートの完成よりも、作成の過程で両者が議論し、認識の差異を確認することに意味があります。数字の読み方・解釈の仕方に差がある場合は、専門家が同席して整理する方が議論がかみ合いやすくなります。
経営理念の再構築⑨
向いているケース: 承継の中期〜後期。後継者が自分の言葉で会社の方向性を語れるかどうかを確認したい段階。経営理念が文書化されていない会社では、承継の準備として初期から着手することも有効です。
目的: 会社がこれまで大切にしてきたことを後継者自身の言葉で表現し直すことで、経営の軸を引き継ぐ。
得られるもの:
- 「なぜこの会社はこの事業をしているか」に対する後継者自身の答え
- 組織に対して示せる経営の軸
- 金融機関・取引先・社員への説明に使える言葉
留意点: まず確認しておきたいのは、経営理念が文書化されているかどうかです。
1)経営理念が文書化されていない場合
「うちには経営理念がない」という会社であっても、現経営者が長年の判断の積み重ねの中で形成してきた優先順位・価値観は必ず存在します。それが文書化されていないだけで、暗黙知として経営判断に影響しています。その場合は「再構築」の前に「現状の言語化」が最初の作業になります。
2)経営理念がすでに文書化されている場合
現経営者が作った言葉をそのまま後継者が引き継ぐだけでは、後継者自身の言葉として機能しにくい傾向があります。現経営者が込めた意図を理解したうえで、後継者が自分なりに解釈し直すプロセスが必要です。
文書を完成させることより、「なぜそう決めてきたのか」を現経営者と後継者が話し合いながら言葉にしていくこと自体が、後継者育成として機能します。
この対話の設計・進行については、当事務所では後継者・幹部伴走支援の中で対応しています。
組み合わせの考え方
9つの方法は、単独で実施するより、承継のフェーズに応じて組み合わせる方が効果を得やすい傾向があります。
| 時期の目安 | 重点を置きやすい方法 |
|---|---|
| 初期(経営を知る) | ①他社修行、②後継者育成プログラム、④部門間移動 |
| 中期(経営を担う) | ⑥ 事業計画の策定、⑦ 経営会議への参加、③ MBA・診断士、⑧ 事業価値レポートの作成 |
| 後期(権限を移す) | ⑤子会社・関連会社の経営、⑨経営理念の再構築・可視化 |
ただし、会社の規模・業種・後継者の年齢・承継時期によって、適切な順序は変わります。上記の表はあくまで目安です。
また、「初期から⑨経営理念の再構築に着手する」「中期に②後継者育成プログラムを活用する」など、時期をずらして組み合わせることも実務上はよくあります。固定した順序に縛られる必要はありません。
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まとめ
- 後継者育成の目的は「意思決定」と「対外説明責任」を担えるようにすることであり、方法の選択はその逆算で設計する。
- 9つの方法はそれぞれ得られる経験の種類が異なる。優劣ではなく、自社の状況と承継のフェーズに応じて選択する。
- 公的機関の後継者育成プログラムは同期ネットワークの形成という点で代替しにくい効果があり、他の方法と組み合わせて活用できる。
- 事業価値を高めるレポートを社長と後継者で作るプロセスは、両者の認識のずれを早期に確認する機会になる。
- 経営理念が文書化されていない会社では「再構築」より先に「現状の言語化」が起点になる。
- 単独実施より、承継のフェーズと後継者の現状に応じた組み合わせが機能しやすい。
- 「まだ早い」という判断の先送りは、後継者が経験を積む時間を短縮する。
