種山会計士

このコラムでは、2026年5月11日に開催された有識者会議(第2回)の専門家3名の発表から、M&A価格・裁判実務・税務評価の乖離という論点を整理します。

税務上の自社株評価額と、M&Aで実際に売れる価格は、同じではありません。
では、どれほど違うのか。2026年5月11日、有識者会議の第2回が開催されました。法学・会社法・M&A実務の専門家3名が、それぞれ数値と根拠を示しました。


中央大学の渋谷雅弘教授は、東京高裁令和6年8月28日の事案を示しました。
その事案では、税務の評価通達に基づく評価額が、M&Aによる買収額の約8%にとどまりました。
これは極端な個別事例です。しかし、会計検査院が指摘した類似業種比準価額の中央値(純資産価額の約27%)と方向性は一致します。つまり、税務評価額が実際の取引価格を大きく下回る構造は、複数の場面で確認されています。
さらに渋谷教授は、この乖離は「評価通達の見直しによって解消されるべきもの」という最高裁調査官解説を引用しました。制度側の問題として認識されているということです。


明治大学の弥永真生教授は、会社法の観点から裁判実務の変遷を整理しました。
昭和62年以降、公刊物に掲載された裁判例において、類似業種比準方式で非上場株式を評価したものはありません。現在の裁判実務ではDCF法(割引キャッシュフロー法)が主流です。一方、純資産価額方式は企業価値の下限(最低保証)として位置づけられています。
また、配当還元方式は反対株主の株式買取価格決定には用いられていないと指摘されました。配当還元方式は「単に配当を受け取るだけの少数株主」に適用する方式です。そのため、事業を支配していた経営者の株式評価には本来そぐわないという立場です。


日本M&Aセンターの熊谷委員は、中小企業M&Aの実務において最も多く採用されている評価方法を示しました。それは「時価純資産+営業権法」です。
類似業種比準方式については、次のとおり明言しました。「相続対策や同族間での株式移動を検討する際に適した計算方法です。しかし、独立した第三者間の取引価格を計算する際に利用することは適当ではありません。」
また、営業権の持続年数(年買法)について、神戸大学の研究データが示されました。

業種全国平均(年)
全体4.0
建設業4.1
製造業3.6
運送業4.6

(出典:「中小M&A白書〈2024-2025年版〉」神戸大学大学院経営学研究科中小M&A研究教育センター)

営業権は、正常利益から一般的期待利益を差し引いた超過収益に、持続年数を乗じて算定されます。したがって、収益力が高い会社ほどM&A価格が上昇します。

【参考】中小M&Aガイドライン(第3版)「中小M&Aの譲渡額の算定方法」(中小企業庁)


熊谷委員は、M&A実務で頻出する問題も示しました。
過去に、従業員や取引先に額面(@50,000円)や配当還元価格で自社株を譲渡している場合、M&A実行前にその株式を買い戻す必要が生じます。同資料では、税務評価額(@500,000円)とM&A想定価格(@800,000円)の対比が示されました。
この場合、買い戻しの金額・タイミング・方法(個人取得か自己株買いか)を整理しないまま進めると、M&A条件そのものに影響します。そのため、株式の分散状況の確認と整理が、M&A設計の前提になります。


今回の有識者会議第2回が示したのは、次の3点に集約されます。

  1. 税務評価額とM&A価格は別物という事実の確認です。
    税務評価額は相続税・贈与税の計算基礎です。一方、M&A価格は収益力・純資産・営業権を組み合わせて算定されます。両者を混同したまま「まだ早い」と判断すると、M&Aを検討する段階になって実態と大きく異なる数字が出てきます。
  2. 株式の分散状況の把握です。
    従業員・役員・取引先に渡した株式が存在する場合、M&A前に買い戻しが必要になります。買い戻し価格は取得金額・税務評価額・M&A価格のいずれを基準とするかで、税務上の扱いが変わります。この論点は、承継設計の初期段階で確認が必要です。
  3. 改正の影響を現行制度下で試算することです。
    類似業種比準方式の見直しが進んだ場合、税務評価額がM&A価格に近づく可能性があります。そのため現行制度での移転コストと、制度改正後の試算を比較する必要があります。試算なしに「今動くか待つか」の判断はできません。

  • 有識者会議第2回(2026年5月11日)では、法学・会社法・M&A実務の専門家3名が発表した。
  • 税務評価額がM&A買収額の約8%にとどまった裁判事例が示された(個別事例)。
  • 裁判実務では昭和62年以降、類似業種比準方式の採用例はない。DCF法が主流。
  • M&A実務(日本M&Aセンター)は類似業種比準方式を「独立第三者間取引に不適当」と明言
  • M&A実務での主流評価方法は「時価純資産+営業権法」。製造業の営業権持続年数は全国平均3.6年。
  • 株式の分散整理がM&A設計の前提になる場合がある。