種山会計士

このコラムでは、「内部留保で投資する」という表現が財務上不正確な理由を、貸借対照表の図を使って整理します。

「内部留保を使って設備投資をしたい」

法人オーナーの方からこのような話が出ることがあります。意図はよく伝わります。「借入には頼らず、これまで会社に積み上げてきた利益を設備投資に充てたい」という判断です。

ただし財務の構造上、この表現には注意が必要です。このコラムでは、内部留保・現預金・自己資金の違いを整理します。

「内部留保」は会計上利益剰余金と呼ばれ、貸借対照表(B/S)の右側・純資産の部に計上されます。毎年の税引後純利益のうち、配当等で社外に流出しなかった金額の累積です。

下図で位置を確認してください。

貸借対照表(B/S) イメージ
左側(資産の部) 右側(負債・純資産の部)
💴 現預金
← 実際に動かせる資金
売掛金・受取手形
棚卸資産(在庫)
土地・建物
機械設備・車両
借入金(短期・長期)
買掛金・その他負債

資本金・資本剰余金
📊 利益剰余金(内部留保)
← 純資産の数字。資金の在り処ではない

上図でわかるように、現預金(左側)と利益剰余金(右側)は別の項目です。利益剰余金が大きくても、現預金が多いとは限りません。
「内部留保を使って投資する」という表現が財務上の誤解を招きやすい理由は、この2つを同一視するところにあります。

報道・一般メディアの用法

「企業が内部留保を溜め込んでいる」という文脈でよく登場するため、「内部留保=会社に貯まっているお金」という理解が一般に広まっています。財務上の厳密な定義とは異なりますが、コミュニケーション上の意図は伝わるため、訂正されないまま定着しています。

実態として一致するケースもある

有利子負債が少なく、資産の大半を現預金で保有している会社では、内部留保の増加と手元資金の増加がほぼ連動することがあります。このため「内部留保が多い=資金がある」という経験則が成り立ちやすい局面があります。ただしこれはあくまで結果的な一致であり、常に成立するわけではありません。

パターン①:設備・不動産に固定されている

土地・建物・機械設備の取得で資産が積み上がっている場合、純資産(利益剰余金)は大きくなりますが現預金は増えません。売却しない限り投資資金には転換されません。製造業・建設業で起きやすいケースです。

パターン②:売掛金・在庫として滞留している

利益として計上された金額が「まだ回収されていない売上代金」や「倉庫にある在庫」の形で存在しているケース。現預金に変換されるのは、回収・販売が進んだ後です。

パターン③:借入返済に充当されている

毎年の利益が内部留保として積み上がる一方、同額程度が借入返済に充当され続けているケース。利益剰余金は増えていても、現預金の純増は限定的になります。

「内部留保があるから資金がある」という前提で投資判断を進めると、実際に資金が不足するリスクがあります。投資の検討に際しては、現預金残高・借入返済スケジュール・運転資本の水準を確認することが出発点です。

伝えたい意図財務上の正確な表現
借入に頼らず投資したい自己資金(内部資金)で投資する
会社に積み上がったお金を使いたい手元資金(現預金)を充当する
蓄積した利益を活用したい利益剰余金を原資とする(現預金への転換前提)

「内部留保」という表現自体が誤りというわけではありません。ただし、この言葉を使う場面では「純資産の数字」と「実際に使える資金」が一致しているかを確認する習慣が、財務判断の精度を高めます。

なお、内部留保の規模は事業承継における自社株評価にも影響します。その構造については別のコラムで取り上げる予定です。

  • 内部留保(利益剰余金)は純資産の項目。資金の在り処を示すものではない。
  • 「内部留保が多い=手元資金が豊富」は常に成立しない。
  • 投資の判断には、現預金残高・借入返済スケジュール・運転資本の確認が必要。